はじめに:復職初日は「また地獄が始まる」と思った
復職初日の朝、正直に言うと「またあの地獄が始まるのではないか」と感じていました。
通勤電車の中で手が震え、心臓の鼓動が早くなり、周囲の音がやけに大きく感じられたのを覚えています。
適応障害で休職していた期間、何度も「もう働けないかもしれない」と思いました。
それでも生活のため、そして自分の人生を立て直すために、もう一度職場に戻る決断をしました。
そんな不安だらけの復職でしたが、最初の1週間を振り返ると、想像していたよりもずっと静かで、優しい時間が流れていました。

復職初日の雰囲気を詳しく知りたい方は
→職場復職初日の様子と心境(私の実例)
「慣れることだけ」を目標に過ごした日々
復職にあたって、私は一つだけ自分に約束したことがあります。
それは「成果を出そうとしない」「慣れることだけを目標にする」ということでした。
以前の私は、常に結果を求められる立場で、無理を重ねる働き方をしていました。
その結果、心と体の限界を超えてしまったのだと思っています。
だから今回は、「今日は職場に行けた」「定時まで座っていられた」
それだけで十分だと、自分に言い聞かせていました。
無理しないと続けられない職場なら退職と決めていた
復職前から、ある程度の覚悟もしていました。
もし「無理をしないと続けられない職場」だと感じたら、その時は退職しよう、と。
この考え方は逃げではありません。
適応障害の再発リスクを下げるためには、自分の限界を超えない選択も必要です。
「続けること」よりも「壊れないこと」を優先する。
そう決めていたことで、気持ちは少し楽になりました。
毎日の記録はシンプルに「できたこと」だけ
復職後は、業務上の記録とは別に、自分のための小さなメモをつけていました。
内容はとてもシンプルで、「今日できたこと」だけを書きます。
・朝起きて出勤できた
・同僚に挨拶できた
・昼休みに少し休めた
それだけでも十分です。
義務としての記録も、視点を変えると「自己肯定感を支える材料」になります。
義務として与えられた業務記録も
工夫次第で「自己肯定の支え」に変えられる。
周囲の人たちの温かい支え(前職との違いに驚いたこと)
同僚の見守りと安心感
復職直後の私を、同僚たちは本当に温かく見守ってくれました。「急がなくて大丈夫」「少しずつでいいよ」と声をかけてもらえたことが、何よりの安心につながりました。
今でも飲み会に誘ってくれる方々がいて「この職場ならやっていける」と心から思えたのです。
以前のパワハラ職場では考えられなかった空気感に、正直驚きました。
このギャップが、「自分はダメだったわけじゃない」と気づかせてくれたのです。
復職初日の挨拶に不安を感じる方は
▶復職初日の過ごし方|服装・挨拶・手土産の準備など
昼休みや家庭の協力で休める環境を確保
一人で使える休憩室で心をリセット

昼休みは、シフト制で時間が決まっており、休憩室を一人で使える時間がありました。
静かな空間で休むことで、午後の仕事に集中できました。
家族に家のことを任せて体力温存
復職後の1週間は、家のことをすべて家族に任せました。「今は慣れることだけに集中させてほしい」とお願いしたのです。
帰宅後は休む・ペットと過ごすだけ
仕事が終わったら予定は入れず、ペットと過ごす時間を大切にしました。
「何もしない」時間が、復職初期の私を支えてくれました。
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適応障害で休職・復職を経験した筆者が、うつなど心の不調を抱える方にも役立つよう、体験をもとにまとめています。
まとめ:私が学んだ3つの復職ルール

復職後1週間を乗り切るために、私が大切にしたことは次の3つです。
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目標は「慣れること」だけに絞る
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毎日の小さな記録で前進を見える化
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家族や周囲に協力してもらい無理をしない
復職の形は人それぞれですが、「一人で頑張らない」ことは共通して大切だと感じています。
あなたの復職ルールは何ですか?「これは役立った」というルールや工夫があれば、ぜひコメントで教えてください。次の記事で取り上げ、みんなで共有していけたら嬉しいです。
※本記事は筆者の体験と公的情報(厚労省・自治体資料など)をもとに構成しています。
医療的な判断や治療方針については、主治医・産業医などの専門家にご相談ください。


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